戦後75年
コーナー

「戦後75年」 (3ページ目)

今年は戦後75年。当時を知る人が少なくなる中で、戦争の現実と平和の尊さを後世に伝えようと模索が続いています。高齢を押して語り継ぐ戦争体験者。地域に残る戦の記憶をたどり重い事実を学ぶ現在の世代。私たちも共に、先人の歩みと、今の時代に向き合います。

2020 10/14 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/14【「母と子」数奇の満州脱出行 牛車代が一万円 若い娘はみな丸坊主】西日本新聞の紙面から

1945年10月14日付紙面から

 1945年10月13日午後1時、病院船有馬山丸は大陸からの傷痍軍人ら1275人と100柱の英霊とともに博多港に入港した。乗船者の中には満州の新京から帰郷を果たした母親たちもいた。

2020 10/13 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/13【お役人が雑役作業 山田知事・進駐軍に平謝り】西日本新聞の紙面から

1945年10月13日付紙面から

 〈十一日台風の余勢と驟雨のさなかに福岡県男女職員、福岡市役所吏員、同警察教習所生など、およそ五百五十名は役所事務を半分空っぽにして労務者となった。これは進駐軍の要求する労務の供出が間に合わなかったのでその代わりに出勤、清掃作業に従事したもので、山田知事は進駐軍福岡地区司令部に出頭、その不始末を謝罪した。

2020 10/13 6:00
長崎社会

ソ連兵の暴力から逃れ…引き揚げた家族7人 労苦を刻む姉の日記

引き揚げの様子を記録した篠田美佐子さんの日記。個人番号は船内での識別に使われた数字とみられる

 戦後、きょうだいでずっと大切にしてきた日記帳がある。中国・大連で終戦を迎え、ソ連兵の暴力から逃れた家族7人が、長崎県佐世保市の浦頭(うらがしら)に引き揚げた記録。

2020 10/12 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/12【「南九州要塞」作戦配置の全貌 背後へ逆上陸 邀撃に三段構えの布陣】西日本新聞の紙面から

1945年10月12日付紙面から

 〈発表された連合軍の対日作戦計画によると、十一月一日にはわが南九州に対して上陸作戦を敢行することになっていた。(中略)これに対応する一応の布陣はなされていた。

2020 10/11 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/11【本土の第一線・南九州要塞の実相 洞窟から巨砲 型破り「必死の構え」】西日本新聞の紙面から

1945年10月11日付紙面から

 この日の1面トップは、米陸軍参謀総長が陸軍長官に9日提出した報告書について。その内容は米軍が計画していた本土上陸作戦に関するもので、1945年秋に九州南部に3師団が東、南、西の3方面から上陸し攻撃を加える「オリンピック作戦」の概要が含まれていた。

2020 10/10 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/10【白米のおにぎり二円 闇公定値で賑わう“朝鮮市場”】西日本新聞の紙面から

1945年10月10日付紙面から

 記事はヤミ市を「違法なもの」という視点ではなく、極端に少ない配給に苦しむ市民の目線ともいえるスタイルで現地の様子を伝えている。写真にはまさに「押すな押すな」の状況が捉えられている。

2020 10/9 8:02
福岡社会文化

戦争の証言再び光を 連載最終回に寄せて

戦後75年 言葉を刻む

 お墓に供えられた色とりどりの花が目に鮮やかだった。 福岡市の片田喜久子さんは、5年前に93歳で亡くなった。

2020 10/9 8:00
福岡社会連載

案外あいつの占いは当たっていたんだなあ 言葉を刻む(100)

案外あいつの占いは当たっていたんだなあ 言葉を刻む(100)

 陸軍特別操縦見習士官1期生。3度の特攻の出撃命令はいずれも中止に。

2020 10/9 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/9【急げ医療の対策 福岡県の悪疫 昨年の二倍】西日本新聞の紙面から

1945年10月9日付紙面から

 〈太平洋米軍司令部渉外局は去る九月二十七日、今冬における日本国民の保健衛生に関し日本政府に指令を発したが、伝染病の予防治療に関しては特に強調するところがあった。戦後における悪疫の流行は世界共通の事実だが、この夏から秋へかけての全国的な伝染病の流行は激甚を極め、西日本においてもこの例にもれなかった。

2020 10/8 8:00
福岡社会連載

まだぬくもりのある頭を押さえたときの、あの感触は、今も消えない 言葉を刻む(99)

まだぬくもりのある頭を押さえたときの、あの感触は、今も消えない 言葉を刻む(99)

 熊本、大分県境に墜落したB29搭乗員8人に実験手術をして死なせ、軍事裁判で医師ら23人が有罪判決を受けた「九大生体解剖事件」の生き証人。旧九州帝国大入学直後の1945年5月、解剖実習室で軍監視の下、麻酔で眠った米兵の肺を外科医が摘出するのを見た。

2020 10/8 8:00
2020 10/8 6:00
社会

自責や罪悪感…戦争で精神障害、日本兵も 療養中に死亡1000人超

戦後75年

 日中戦争や太平洋戦争の過酷な体験で精神障害を発症し、療養中に亡くなった元軍人・軍属が少なくとも千人に上ることが、厚生労働省の保管する55年分の統計から分かった。約7割は入院したまま死亡していた。

2020 10/8 6:00
社会

「必ズ殺シニ来ル」心壊れた復員兵 “軽蔑していた”悔いる家族も

千葉県東金市の浅井病院には、精神障害を発症した日本兵の医療記録が残されている=9月、千葉県東金市

 戦争体験のトラウマ(心的外傷)の悲惨さはベトナム戦争から帰還した米兵の事例で注目されたが、日中戦争や太平洋戦争に従軍した日本兵もまた、同様に苦しめられていた。精神障害の発症者は戦時中、千葉県の国府台陸軍病院を中心に収容され、戦後も偏見からほとんど顧みられることはなかった。

2020 10/7 11:16
福岡文化

「スパイの妻」 戦時下の正義とは何か、蒼井優の確かな存在感

「スパイの妻」より(c)2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 太平洋戦争の開戦前夜、国民の思想監視と統制、弾圧が強まる中、軍に関わる国家機密を偶然手に入れた夫妻の波乱の歩みを描く「スパイの妻〈劇場版〉」(黒沢清監督)が10月16日、全国公開される。主演の蒼井優(福岡県出身)が摘発の危機を背負いつつ夫を愛し、支える妻を確かな存在感で演じている。

2020 10/7 8:00
社会連載

戦争は人類を破滅に導く無用の長物だ 言葉を刻む(98)

戦争は人類を破滅に導く無用の長物だ 言葉を刻む(98)

戦争は人類を破滅に導く無用の長物だ。 1946年、長崎に着任。

2020 10/7 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/7【覆面の特攻兵器「震洋艇」 甲巡級も轟沈 だが、無念や燃料不足】西日本新聞の紙面から

1945年10月7日付紙面から

 このころ、紙面には時折、4日付の局地戦闘機「J7(震電)」のように戦時中の兵器開発に関する「秘話」が掲載されている。2日付では長崎造船所で建造された戦艦「武蔵」も取り上げた。

2020 10/6 8:00
福岡社会連載

父は突然、気をつけ休めを繰り返して敬礼し、いすに座って炭坑節を腹の底から歌った 言葉を刻む(97)

父は突然、気をつけ休めを繰り返して敬礼し、いすに座って炭坑節を腹の底から歌った 言葉を刻む(97)

 太平洋戦争中、「死んでも帰れぬ」と言われた激戦地ニューギニア島から生還した父武次郎さんは亡くなる直前、昏睡(こんすい)状態から突然起き上がり、軍隊式の動作を繰り返した。死が近いと聞かされ集まっていた家族は「戦友が迎えに来たと思った」。

2020 10/6 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/6【出るぞ豪華な博多織 復興の波に乗る梭の音】西日本新聞の紙面から

1945年10月6日付紙面から

 歌い継がれる民謡の一節から始まる記事は、終戦で再興を期す博多織の現場を訪ねたものだ。 戦時体制の構築に伴い、「ぜいたくは敵だ」の標語で知られる「奢侈品等製造販売制限規則」が施行されたのは1940年7月7日。

2020 10/5 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/5【起ち上がる西日本 現地を観る 長崎県 己が住居に敢闘 廃墟に不均衡な明るさ】西日本新聞の紙面から

1945年10月5日付紙面から

 九州各県の戦災復興状況を伝えた連載「起ち上がる西日本」。4回目のこの日は長崎県だった。

2020 10/4 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/4【武勲も今は淋し 接収の日待つわが武器】西日本新聞の紙面から

1945年10月4日付紙面から

 〈終戦の聖断下るとともに本土上陸戦に備えていたわが方の武器はいま国民の眼前にある。 福岡市東区香椎の埋め立て地は戦前には造成が始まっていた。

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