戦後70年 vol.3
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「戦後70年 vol.3」

「戦後70年へー証言をつなぐー vol.3 終戦8・15の記憶」の連載記事を掲載しています。

2014 8/15 6:00
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【終戦8・15の証言】喜び悲しみも感じず

林英雄さん

 「9月に米軍が九州に上陸する」-。1945年7月、鹿児島県・霧島。

2014 8/15 6:00
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【終戦8・15の証言】「英霊よ平和と繁栄を」

温水重雄さん

 18歳。戦場に勇んで行った。

2014 8/15 6:00
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【終戦8・15の証言】言葉なくしセミたける

金光久雄さん

 玉音放送がラジオから流れた日、自分が何を語り、考えたのか、記憶は残っていない。「終戦日 言葉なくして セミたける」。

2014 8/15 6:00
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【終戦8・15の証言】祖国戻るまで死ねぬ

中村友三郎さん

 玉音放送は聞いていない。終戦直後、旧満州(中国東北部)のソ連国境付近で敵に囲まれ、必死に逃げた。

2014 8/15 6:00
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終戦8・15の記憶 玉音放送の全文<現代語訳付き>

 終戦の詔書(しょうしょ)は、1945年8月14日の御前会議でポツダム宣言受諾が決定されたのを受け、発布された。翌15日には、昭和天皇が詔書を読み上げた玉音(ぎょくおん)放送がラジオで流れた。

2014 8/15 6:00
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終戦8・15の記憶 昭和天皇「人の声」

1945年8月15日、玉音放送を聞いたあと皇居前にひれ伏す人たち

 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」-。昭和天皇は1945年8月15日正午、ラジオを通じて日本の敗戦を国民に告げた。

2014 8/15 6:00
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終戦8・15の記憶 「切腹する」父錯乱

帰らぬ父の墓に一心に頭を垂れる幼女と母親 =福岡市博多区御供所町の聖福寺境内(同16日紙面から)

 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」-。昭和天皇は1945年8月15日正午、ラジオを通じて日本の敗戦を国民に告げた。

2014 8/15 6:00
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終戦8・15の記憶 「白昼夢」長い一日

1945年8月15日付の西日本新聞の一部。この日の新聞発行は、玉音放送後に解禁され、午後に配達された

 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」-。昭和天皇は1945年8月15日正午、ラジオを通じて日本の敗戦を国民に告げた。

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