戦後70年 vol.5
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「戦後70年 vol.5」

「戦後70年へー証言をつなぐー vol.5 引き揚げの苦難の記憶」の連載記事を掲載しています。

2014 12/4 15:52
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【引き揚げの苦難】国策に翻弄された開拓移民

寺沢秀文氏

 「満州国」には、全国から27万人が開拓移民として渡った。日中双方に多数の犠牲者を出しながら、満蒙(まんもう)開拓は戦後あまり注目されず、関連の資料館は一つもなかった。

2014 12/4 15:22
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【引き揚げの苦難】幼子から先に命は絶え

赤松重信さん

 戦争は終わったのに、平和は訪れなかった。戦時中、日本はアジア・太平洋地域に支配地を拡大。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】夢見た朝鮮半島 帰国命懸け

終戦後、徴用先の富山から博多港を経由し、朝鮮半島に帰還した崔姫順さん。「やっと帰れると思った」と振り返る

 1枚のモノクロ写真がある。1945年10月19日、福岡市・博多港。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】帝国崩壊 終戦のビジョンなく

加藤聖文氏

 敗戦による大日本帝国の崩壊の状況を分析すると、関係諸国にビジョンがなかったことが分かる。米国など連合国側に、戦後アジアをどうするか構想はなく、終戦直前に参戦したソ連もいかに利益を得るかという目的しかなかった。

2014 12/4 6:00
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空前の難民 引き揚げ苦難の帰国、600万人超

 湾岸の森を突き抜け、3基の塔がそそり立つ。長崎県佐世保市針尾地区に残る旧佐世保無線電信所(高さ136メートル)。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】大邱、今も大切な古里

中村法明さん

 戦争は終わったのに、平和は訪れなかった。戦時中、日本はアジア・太平洋地域に支配地を拡大。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】みそ汁、島影 涙の船上

滝沢昭正さん

 戦争は終わったのに、平和は訪れなかった。戦時中、日本はアジア・太平洋地域に支配地を拡大。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】残留孤児 孤独に死んだ弟

久保田実さん

 戦争は終わったのに、平和は訪れなかった。戦時中、日本はアジア・太平洋地域に支配地を拡大。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】迫る死線「あなたがいたから生きた」

松下 矩子さん

 戦争は終わったのに、平和は訪れなかった。戦時中、日本はアジア・太平洋地域に支配地を拡大。

2014 12/4 6:00
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引き揚げ、極限の生 作家・五木寛之さん「人間というものは、いつ何をするか分からない」

ソ連軍侵攻を受けた時の家族の様子などについては「忘れよう、忘れようと、努めてきたことですから」=11月5日、東京都内

 1945年8月15日に太平洋戦争が終わると、戦場や植民地支配下だった「外地」には、兵士と民間人合わせて700万人近くが取り残された。「開拓団」「銃後の民」などと称され、日本から移住した家族にとって、それは苦難の人生の始まりだった。

2014 12/4 6:00
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【引き揚げの苦難】残留の姉 再会後に壁 母娘でも通じぬ言葉

引き揚げ証明書に記載されている宏子さんと康子さんの名前

 「ああ宏子かあ」「ママ、じぇんき(元気)?」「大丈夫よ」。中国から時折かかる電話で交わす言葉はそれが精いっぱい。

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