長崎発・戦後75年「戦禍の先」
連載

「長崎発・戦後75年「戦禍の先」」

対馬を代表する歴史研究者で、初の名誉市民でもある故永留久恵さんは、ちょうど1世紀前に生まれた。もともと教師だが太平洋戦争では真珠湾攻撃やミッドウェー海戦に従軍。生きて帰り、その後は隣国との友好を唱えた。残した著書や史彦さんが伝え聞く話を通じて戦禍がもたらした世情を振り返り、いまの平和を見つめる。

2020 6/29 17:04
長崎

「愛国心は必要だが…」対馬の歴史研究し続けた元兵士の言葉

戦後、歴史の史料を調査する永留久恵さん(左端、史彦さん提供)

 ミッドウェー海戦から帰還後も他の兵士が戦地に赴く中、永留久恵さんは戦地には召集されず、佐世保海兵団で少年兵たちを教えた。1945年の終戦は故郷・対馬の小学校で迎えた。

2020 6/28 10:40
長崎

撃沈した空母飛龍から生還した父 「命救われた」艦長の命令

佐世保市の海軍墓地にある空母飛龍の慰霊碑の前に立つ、晩年の永留久恵さん(史彦さん提供)

 戦艦霧島は、永留久恵さんら大勢の乗員を乗せて南下した。当時乗員たちはいつ、どこで戦闘に入るのか知らされないまま。

2020 6/25 18:22
長崎

兵役終了のはずが…制度廃止で立場一変 翻弄された教師たち

当時の卒業アルバムに納まる師範学校の学生たち。最前列の右から2人目が永留久恵さん(史彦さん提供)

 長崎県対馬市の自宅で古いアルバムをめくる。県師範学校(現長崎大教育学部)の仲間たちと写真に納まる父親の姿を改めて眺めた。

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