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「福岡連載アーカイブ」(7ページ目)

「福岡連載アーカイブ」に関するこれまで扱われたニュース一覧を最新順に掲載しています。

2017 2/16 14:59
福岡

森へおいでよ 筑豊の自然再発見<22>キノコ栽培に挑戦 生えよ!「ヒラタケ」

(1)

 自然観察会で子供たちと森を散策していると、たくさんのキノコに出合う。 そしてその都度、キノコに興味を示す子の多いことには驚かされるが、この子供たちには、食べられるキノコの話はあまりしないようにしている。

2017 2/9 11:12
福岡

森へおいでよ 筑豊の自然再発見<21>むしの色づかい ジミー(地味)&ハデー(派手)冬編

(1)カブトムシ、暖めると動きだす撮影場所は、ルリユール(日吉越冬隊)

 冬のむしは地味な印象を持たれるが、果たして本当に地味なのであろうか? むしは基本的には背景に紛れる姿をしている。逆に、背景が関係しない暗黒の土中では、色素合成のコストが無駄なためもあって白色系が多くなるようである=写真(1)。

2017 2/2 14:45
福岡

森へおいでよ 筑豊の自然再発見<20>個性豊かな石 さあ、まず手に取って

(1)蛇紋岩採集場所は飯塚市古屋敷

 人間は古来、石に何らかのパワーを感じ、信仰の対象としたり、魔よけや願掛けとして身に着けたりしてきた。長い時を経ても変わらない石に、人々は不変の力を感じてきたのであろう。

2017 1/28 11:31
福岡

語る・新 青春の門 五木寛之さん<4完>青春の意味 放浪し、どこに向かうのか

青春の持つ意味について語る五木寛之さん

 「青春の門」のスタート時、「青春」という言葉をあえて使ったのはいわば反語的な意味がありました。青春というのは甘っちょろい通俗的な言葉として、ジャーナリズムや文芸の世界で見られていました。

2017 1/27 9:59
福岡

語る・新 青春の門 五木寛之さん<3>ふるさととは 漂流時代出生地に限らず

近現代の「古里観」について語る五木寛之さん

 中学、高校の頃、行商で、母の里で作っていた八女茶を筑豊に運びました。お茶は軽いんですよ。

2017 1/26 14:10
福岡

森へおいでよ 筑豊の自然再発見<19>君の名は。 この木 大好き 私の木

(1)参加者と森を散策撮影場所は笠城ダム公園飯塚市「森はともだちプロジェクト~この木だいすきわたしの木~」

 「名前」を知ると、その対象との距離がぐっと近くなる。生物の名前もそうである。

2017 1/26 6:00
福岡

語る・新 青春の門 五木寛之さん<2>筑豊への思い 働く者、民衆の「共和国」

「青春の門筑豊篇」を特集した西日本新聞筑豊版の元日号などを見る五木寛之さん

 終戦後、外地(朝鮮半島)から引き揚げてきた筑後地方は、豊かな中農地帯です。引き揚げっていうのは今で言うと難民。

2017 1/25 15:13
福岡

語る・新 青春の門 五木寛之さん<1>連載再開に当たり 読者、書き手、媒体が交錯

「連載再開に対する反応に驚いた」と話す五木寛之さん

 伊吹信介が帰ってきた-。雑誌「週刊現代」で1969年、第1部「筑豊篇」の連載が始まった大河小説「青春の門」。

2016 9/1 15:21
福岡

森へおいでよ 筑豊の自然再発見<1>むしとの遭遇 さぁ、魅惑の世界へ

①ニシキリギリス②アブラゼミ③ショウリョウバッタ④オナガアゲハ撮影場所は①熊ケ畑ひまわり畑②筑豊某所③飯塚市立菰田小(菰田児童クラブ)④ルリユール(日吉藝術小学校)

 むしと触れ合う人の表情は、どうしてこんなにも豊かなのか。それは、むしの世界が多彩だからに違いない。

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