中村哲医師 その歩み
まとめ

「中村哲医師 その歩み」 (12ページ目)

戦乱や干ばつで荒廃したアフガニスタンやパキスタンで、多くの市民とともに人道・復興支援の歩みを進め、2019年12月4日にアフガンで凶弾に倒れた中村哲医師(「ペシャワール会」現地代表)。“一隅を照らす”行動を続けた意志の継承とペシャワール会支援の思いを込めて、足跡をたどります。

1993 11/4 6:00
福岡

第52回西日本文化大賞贈呈式、中村哲氏ら4氏に

第52回西日本文化賞を受賞した中村哲氏=1993年11月3日、福岡国際ホール

 西日本地域の学術と社会の両部門で著しい業績を上げ、地域の文化の発展・向上に尽くした人や団体に西日本新聞社が贈る第52回西日本文化賞の贈呈式が「文化の日」の3日、福岡市中央区天神の西日本新聞会館16階、福岡国際ホールで行われた。 今回の受賞者は学術文化部門が「雲仙・普賢岳の噴火災害に際し、研究成果を基に住民の安全確保、防災対策に尽力した功績」として九州大学教授で同大学付属島原地震火山観測所長の太田一也氏(58)=長崎県島原市弁天町=と「地域に根ざした海事史研究を行い、地域文化の掘り起こしに貢献した功績」として日本海事史研究家の高田茂廣氏(65)=福岡市西区能古=の両氏。

1993 6/27 6:00
福岡

[ズバリ聞きます]中村哲さん、パキスタンで医療支援

パキスタンで10年続けてきた医療支援活動などについて久留米大学で講演する中村哲さん=1993年6月26日

 カンボジアの総選挙に関する日本の国際貢献は「カンボジア復興の第一歩に役割を果たした」との評価がある一方、憲法上の問題や犠牲者が出たことから、その在り方に疑問を投げかける声も聞こえてくる。国際社会の一員として責任ある国際貢献が求められ、関心も高まっている中、注目と期待を集めているのが非政府組織(NGO)の活動。

1992 7/16 6:00
福岡

診療所開設支援を…募金活動へ、アフガン難民支援の中村哲医師

ペシャワール会の中村哲医師=1991年1月ごろ

 アフガニスタン国境近くのパキスタンのペシャワルで、ハンセン病などに苦しむアフガン難民の治療にあたっている福岡市出身の中村哲医師(45)が一時帰国し、15日、福岡市で記者会見。「現地の政情は治まりつつあり、難民の独力帰還が激しくなっている」と述べ、今後、アフガニスタンの無医地区に診療所を開設するため本格的な資金援助が必要なことを訴えた。

1992 6/9 6:00
社会国際

貢献論に複雑… 中村哲医師ら九州の民間協力経験者、PKO法案参院通過

日本アフガン医師サービス顧問医師中村哲さん=1991年1月23日

 「PKO関連法案」が9日未明、参院を通過した。論議の場はいよいよ衆院に移るが、民間の立場で既に長い間国際協力を果たしてきた九州の人たちは、この法案をどのような思いで受け止めているのかを聞いた。

1991 2/2 6:00
福岡

[ひと・仕事の内そと]日本アフガン医療サービス顧問医師 中村哲さん イスラム社会に反欧米感

日本アフガン医師サービス顧問医師中村哲さん=1991年1月23日

 中東で、世界を揺るがす湾岸戦争がぼっ発したときイスラム教国のパキスタンの辺境の町、ペシャワルから一時帰国中の福岡市出身の医師、中村哲さん(44)=福岡県大牟田市三池=は「やっぱり始まったか」とつぶやいた。 「やっぱり」という言葉に思い当たるふしがあったのだ。

1991 1/17 6:00
社会国際

湾岸戦争開戦 平和的解決果たせず憂慮 中村哲さん

中村哲さん

 昨年末、難民医療活動を続けているペシャワルから一時帰国したが、ペシャワル、アフガン、イランと地続きなので心配だ。昨年5月ごろから欧米人の難民救援キャンプが次々に襲われ、何かあるなと感じていた。

1988 7/15 6:00
社会

国際化とは 援助とは? アフガン難民の実態を見て 中村哲氏講演から 人間置き去りの大国援助 〝豪華客船〟でさまよう日本人

1988年7月15日付夕刊

 パキスタンのペシャワールを中心に、ハンセン病などの治療活動を1984年から続けている福岡市出身の医師、中村哲さん(41)が、夏期休暇で帰国し、福岡市内で活動報告を行った。中村さんは、アフガン内戦で流入した難民医療にも携わっており、その現場体験から難民の実態や援助のあり方、国際化の意味などを約1時間にわたって講演、その中心テーマとなった「アフガン難民問題と日本の国際化」についての講演要旨をまとめてみた。

1987 7/15 6:00
福岡

“一つの灯として活動を” パキスタンで医療活動の中村哲医師 北九州・八幡東区 初の報告会開く

1987年7月15日付朝刊

 パキスタンのペシャワルでアフガン難民らへの医療活動を続けている北九州市若松区出身の医師中村哲さん(40)の活動報告会(北九州アジアを考える会主催)が14日、同市八幡東区荒生田の東八幡バプテスト教会であった。 中村さんは1984年、JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)の派遣で家族ぐるみで現地入り。

1987 1/5 6:00
福岡

パキスタンの中村哲医師に”お年玉” ハンセン病撲滅へ山岳巡回診療車 福岡のペシャワール会 OL、若者が募金 三菱も協力

19870105朝刊福岡のペシャワール会 ハンセン病絶滅へ 山岳巡回診療車 パキスタンの中村医師に〝お年玉〟 OL、若者が募金 三菱も協力

 日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)から派遣され、パキスタン北西辺境州でハンセン病絶滅の奉仕を続けている中村哲医師(40)=福岡県粕屋郡古賀町出身=に、福岡市に本部がある「ペシャワール会」(佐藤雄二代表)から、山間部巡回診療用の四輪駆動車が贈られることになった。「貧しくて、病めるアジアの人々とすべてを分かちあう」と、風土病と闘う同医師に対し、三菱グループが協力した。

1986 8/30 6:00
国際

[クローズアップ]病んでいた珍蝶の国 患者の治療に飛び込む

1986年8月30日付夕刊

 小学生のころは、蝶のコレクションに夢中だった。蝶を野や山で追いかけているうちに、山が好きになった。

1985 8/1 6:00
国際

ハンセン病 撲滅だ パキスタン 辺境ペシャワール…熱い挑戦 一時帰国の中村哲医師 「10年間は腰すえて」 友人ら募金活動で支援

19850801夕刊

 昨年5月からパキスタンのペシャワールで、ハンセン病患者の治療活動を続けている中村哲医師(38)=福岡県粕屋郡古賀町=が、夏期休暇のため一時帰国した。現在ペシャワールでの活動の報告会、現地の医療事情の講演会と大忙しの毎日。

1985 5/21 6:00
福岡国際

中村哲医師に診療車贈ろう パキスタンで奮闘中 へき地での足確保を 支援団体が募金呼びかけ

1985年5月21日付夕刊

 「中村先生にへきち移動診療の足確保を」――パキスタン北西部のペシャワールで医療奉仕活動中の中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=が、今秋から念願のへき地の移動診療に取り組むことになったため、中村医師を支援する「ペシャワール会」(事務局・福岡市中央区大名1丁目)は、中村医師に贈る巡回診療車の購入資金の募金を呼び掛けている。中村医師救援のため、かつての山仲間で今夏パキスタンに遠征する福岡登高会(新貝勲会長)も医薬品集めに取り組んでおり、日パ親善の輪が広がろうとしている。

1985 5/11 6:00
福岡

医療奉仕にもアタック ヒマラヤに挑む福岡登高会 薬類持ち遠征へ パキスタンの中村哲医師応援

1985年5月11日付夕刊

 「哲ちゃん、待ってろよ」――。今夏、パキスタン・カラコルムの高峰ナンガ・パルバート(8125メートル)などヒマラヤの3峰に挑戦する福岡登高会(新貝勲会長)が、かつての山仲間で現在、パキスタン北西部のペシャワールで医療奉仕活動に励んでいる福岡県粕屋郡古賀町出身の中村哲医師(38)を救援するため、医薬品を持って行く。

1985 1/3 6:00
国際

救え アジアの同胞 パキスタンで救援医療 中村哲医師 「風土病」と闘う

1985年1月3日付朝刊

 ”医療辺境”ともいえるパキスタン北西部のペシャワールでいま、日本の若い医師が住民の診療活動に汗を流している。福岡県粕屋郡古賀町出身の中村哲医師(38)。

1984 5/5 6:00
福岡国際

パキスタンへ仁術医 貧しい医療見かね 古賀町の中村哲医師 10年は頑張る 25日に出発

1984年5月7日付夕刊

 「金や物を援助するだけでなく、医療を通じて心と心の交流を深めていきたい」――日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)の派遣医としてパキスタンの北西辺境州ペシャワールに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保、中村哲医師(37)は6日午後、福岡市で開かれたペシャワール会総会で抱負を語った。中村医師は25日、福岡を出発する。

1984 5/3 6:00
福岡

待ちわびる手紙届く 中村哲医師、25日パキスタンへ 国内からは協力申し出

19840503朝刊

 パキスタンのペシャワール市に医療奉仕に行く中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=の支援団体・ペシャワール会(会長・問田直幹中村学園大学長、1300人)に、このほど、現地の病院から歓迎と感謝の手紙が届いた。一方、国内からも激励、協力申し出が相次いでいる。

1984 4/19 6:00
福岡

来月、パキスタンへ はだしの医者めざす中村哲氏 英国研修から帰る

1984年4月19日付朝刊

 「医療に恵まれないパキスタンで一粒の麦になりたい」――はだしの医者を目指す中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=は、英国での熱帯医学研修を終えて、このほど一時帰国したが、中村さんの医療奉仕を支援する「ペシャワール会」(会長・問田直幹中村学園大学長、1300人)は壮行会を兼ねて同会の総会を5月6日に開く。中村あんは5月下旬にもパキスタンのペシャワール市へ向かう予定。

1983 12/20 17:00
九州ニュース

”山男ドクター”みんなで救おう パキスタン入り目指す粕屋郡出身の中村医師 口コミで600人結集 支援の会 千万円目標、駆け回る【過去記事】

1983年12月20日付夕刊の記事

 パキスタンのペシャワール市で医療奉仕する中村哲医師(三七)=福岡県粕屋郡古賀町出身=を支援しようと結成されたペシャワール会(代表・問田直幹中村学園大学長)に、会員加入が相次いでいる。最初は、中村さんの山登り仲間だった福岡登高会(新貝勲会長)や中村さんが勤務した福岡徳洲会(春日市)大牟田労災病院(大牟田市)国立肥前療養所(佐賀県神埼郡東脊振村)などの同僚に限られていたが、口づてに広まって「中村さんの活動を手助けしていきたい」という一般市民の参加が急増中だ。

1983 9/26 17:00
九州ニュース

来夏・パキスタン派遣に備え 熱帯医学など勉強へ 古賀町の中村医師 あす英国へ出発【過去記事】

1983年9月26日夕刊の記事

 「無医地区の住民のために、この生涯を」――日本キリスト教海外医療協力会の派遣医として来年五月にパキスタン北西部の辺境・ペシャワルに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保の中村哲医師(三六)が二十七日、語学や熱帯医学などを事前勉強するため、家族を連れてロンドンへ出発する。「妻にはペシャワルに十年は住むと言ってきかしてるんですが、一生いるかもしれません。

1983 9/9 6:00
九州ニュース

パキスタン派遣医を支援する会発足【過去記事】

1983年9月9日付朝刊に掲載された記事

 来年五月、パキスタンのペシャワールに行きハンセン氏病の治療や、山岳地帯での移動診療に当たる福岡県古賀町の医師、中村哲氏(三六)の現地での医療活動を支援する会(ペシャワール会)が十八日午後二時から福岡市立中央市民センター(同市中央区赤坂二丁目)で発会式を開く。 当日は、中村医師のあいさつのほか、ネパールで二十年近く診療活動を続けてきた岩村昇氏(神戸大教授)、日本キリスト教海外医療教会総主事の奈良常五郎氏が講演。

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