中村哲医師 その歩み
まとめ

「中村哲医師 その歩み」 (13ページ目)

戦乱や干ばつで荒廃したアフガニスタンやパキスタンで、多くの市民とともに人道・復興支援の歩みを進め、2019年12月4日にアフガンで凶弾に倒れた中村哲医師(「ペシャワール会」現地代表)。“一隅を照らす”行動を続けた意志の継承とペシャワール会支援の思いを込めて、足跡をたどります。

1987 7/15 6:00
福岡

“一つの灯として活動を” パキスタンで医療活動の中村哲医師 北九州・八幡東区 初の報告会開く

1987年7月15日付朝刊

 パキスタンのペシャワルでアフガン難民らへの医療活動を続けている北九州市若松区出身の医師中村哲さん(40)の活動報告会(北九州アジアを考える会主催)が14日、同市八幡東区荒生田の東八幡バプテスト教会であった。 中村さんは1984年、JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)の派遣で家族ぐるみで現地入り。

1987 1/5 6:00
福岡

パキスタンの中村哲医師に”お年玉” ハンセン病撲滅へ山岳巡回診療車 福岡のペシャワール会 OL、若者が募金 三菱も協力

19870105朝刊福岡のペシャワール会 ハンセン病絶滅へ 山岳巡回診療車 パキスタンの中村医師に〝お年玉〟 OL、若者が募金 三菱も協力

 日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)から派遣され、パキスタン北西辺境州でハンセン病絶滅の奉仕を続けている中村哲医師(40)=福岡県粕屋郡古賀町出身=に、福岡市に本部がある「ペシャワール会」(佐藤雄二代表)から、山間部巡回診療用の四輪駆動車が贈られることになった。「貧しくて、病めるアジアの人々とすべてを分かちあう」と、風土病と闘う同医師に対し、三菱グループが協力した。

1986 8/30 6:00
国際

[クローズアップ]病んでいた珍蝶の国 患者の治療に飛び込む

1986年8月30日付夕刊

 小学生のころは、蝶のコレクションに夢中だった。蝶を野や山で追いかけているうちに、山が好きになった。

1985 8/1 6:00
国際

ハンセン病 撲滅だ パキスタン 辺境ペシャワール…熱い挑戦 一時帰国の中村哲医師 「10年間は腰すえて」 友人ら募金活動で支援

19850801夕刊

 昨年5月からパキスタンのペシャワールで、ハンセン病患者の治療活動を続けている中村哲医師(38)=福岡県粕屋郡古賀町=が、夏期休暇のため一時帰国した。現在ペシャワールでの活動の報告会、現地の医療事情の講演会と大忙しの毎日。

1985 5/21 6:00
福岡国際

中村哲医師に診療車贈ろう パキスタンで奮闘中 へき地での足確保を 支援団体が募金呼びかけ

1985年5月21日付夕刊

 「中村先生にへきち移動診療の足確保を」――パキスタン北西部のペシャワールで医療奉仕活動中の中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=が、今秋から念願のへき地の移動診療に取り組むことになったため、中村医師を支援する「ペシャワール会」(事務局・福岡市中央区大名1丁目)は、中村医師に贈る巡回診療車の購入資金の募金を呼び掛けている。中村医師救援のため、かつての山仲間で今夏パキスタンに遠征する福岡登高会(新貝勲会長)も医薬品集めに取り組んでおり、日パ親善の輪が広がろうとしている。

1985 5/11 6:00
福岡

医療奉仕にもアタック ヒマラヤに挑む福岡登高会 薬類持ち遠征へ パキスタンの中村哲医師応援

1985年5月11日付夕刊

 「哲ちゃん、待ってろよ」――。今夏、パキスタン・カラコルムの高峰ナンガ・パルバート(8125メートル)などヒマラヤの3峰に挑戦する福岡登高会(新貝勲会長)が、かつての山仲間で現在、パキスタン北西部のペシャワールで医療奉仕活動に励んでいる福岡県粕屋郡古賀町出身の中村哲医師(38)を救援するため、医薬品を持って行く。

1985 1/3 6:00
国際

救え アジアの同胞 パキスタンで救援医療 中村哲医師 「風土病」と闘う

1985年1月3日付朝刊

 ”医療辺境”ともいえるパキスタン北西部のペシャワールでいま、日本の若い医師が住民の診療活動に汗を流している。福岡県粕屋郡古賀町出身の中村哲医師(38)。

1984 5/5 6:00
福岡国際

パキスタンへ仁術医 貧しい医療見かね 古賀町の中村哲医師 10年は頑張る 25日に出発

1984年5月7日付夕刊

 「金や物を援助するだけでなく、医療を通じて心と心の交流を深めていきたい」――日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)の派遣医としてパキスタンの北西辺境州ペシャワールに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保、中村哲医師(37)は6日午後、福岡市で開かれたペシャワール会総会で抱負を語った。中村医師は25日、福岡を出発する。

1984 5/3 6:00
福岡

待ちわびる手紙届く 中村哲医師、25日パキスタンへ 国内からは協力申し出

19840503朝刊

 パキスタンのペシャワール市に医療奉仕に行く中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=の支援団体・ペシャワール会(会長・問田直幹中村学園大学長、1300人)に、このほど、現地の病院から歓迎と感謝の手紙が届いた。一方、国内からも激励、協力申し出が相次いでいる。

1984 4/19 6:00
福岡

来月、パキスタンへ はだしの医者めざす中村哲氏 英国研修から帰る

1984年4月19日付朝刊

 「医療に恵まれないパキスタンで一粒の麦になりたい」――はだしの医者を目指す中村哲医師(37)=福岡県粕屋郡古賀町出身=は、英国での熱帯医学研修を終えて、このほど一時帰国したが、中村さんの医療奉仕を支援する「ペシャワール会」(会長・問田直幹中村学園大学長、1300人)は壮行会を兼ねて同会の総会を5月6日に開く。中村あんは5月下旬にもパキスタンのペシャワール市へ向かう予定。

1983 12/20 17:00
九州ニュース

”山男ドクター”みんなで救おう パキスタン入り目指す粕屋郡出身の中村医師 口コミで600人結集 支援の会 千万円目標、駆け回る【過去記事】

1983年12月20日付夕刊の記事

 パキスタンのペシャワール市で医療奉仕する中村哲医師(三七)=福岡県粕屋郡古賀町出身=を支援しようと結成されたペシャワール会(代表・問田直幹中村学園大学長)に、会員加入が相次いでいる。最初は、中村さんの山登り仲間だった福岡登高会(新貝勲会長)や中村さんが勤務した福岡徳洲会(春日市)大牟田労災病院(大牟田市)国立肥前療養所(佐賀県神埼郡東脊振村)などの同僚に限られていたが、口づてに広まって「中村さんの活動を手助けしていきたい」という一般市民の参加が急増中だ。

1983 9/26 17:00
九州ニュース

来夏・パキスタン派遣に備え 熱帯医学など勉強へ 古賀町の中村医師 あす英国へ出発【過去記事】

1983年9月26日夕刊の記事

 「無医地区の住民のために、この生涯を」――日本キリスト教海外医療協力会の派遣医として来年五月にパキスタン北西部の辺境・ペシャワルに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保の中村哲医師(三六)が二十七日、語学や熱帯医学などを事前勉強するため、家族を連れてロンドンへ出発する。「妻にはペシャワルに十年は住むと言ってきかしてるんですが、一生いるかもしれません。

1983 9/9 6:00
九州ニュース

パキスタン派遣医を支援する会発足【過去記事】

1983年9月9日付朝刊に掲載された記事

 来年五月、パキスタンのペシャワールに行きハンセン氏病の治療や、山岳地帯での移動診療に当たる福岡県古賀町の医師、中村哲氏(三六)の現地での医療活動を支援する会(ペシャワール会)が十八日午後二時から福岡市立中央市民センター(同市中央区赤坂二丁目)で発会式を開く。 当日は、中村医師のあいさつのほか、ネパールで二十年近く診療活動を続けてきた岩村昇氏(神戸大教授)、日本キリスト教海外医療教会総主事の奈良常五郎氏が講演。

1983 5/18 17:00
九州ニュース

パキスタンへ救援医療 青年医師の夢が実現 春日市の中村さん「10年以上腰据えて」【過去記事】

1983年5月18日付夕刊に掲載された記事

 「農村医療をやりたい」――少年時代の夢を追って、一人の青年医師が世界の辺境といわれるパキスタン高地に移住し、住民の中に飛び込んで医療活動に取り組む。春日市須玖、福岡徳洲会病院の中村哲医師(三六)で「十年以上は腰を据え、病気の治療と予防に役立ちたい」と言う。

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