
連載
「中村哲という生き方」
戦乱のアフガンで用水路を掘り、65万人の生活と命を救った故中村哲医師。現地で行った密着取材を礎に、その信念と事業の現在を追う。(無料公開)
2020
12/5
6:04
2020
12/4
6:00
2020
12/3
6:00
社会
中村哲さんの誕生日に生まれた子 「縁感じた」紡ぎゆく親子3世代
切手を湿ったタオルに浸し、B4判の台紙に一枚一枚貼り付けていく。先月27日、故中村哲医師(享年73)と活動してきた福岡市の「ペシャワール会」事務局で、数人のボランティアが地道な作業に没頭していた。
2020
12/2
6:00
社会
「やるしかない」”鬼婦長”が誓った復興 中村哲医師の死から1年
「ドクター・サーブ・ナカムラ・ワズ・シューティッド(中村先生様が撃たれた)」。アフガニスタン人スタッフの現地なまりの英語は震えていた。
2020
1/4
6:00
福岡社会
【中村哲という生き方】(上)「誰もが行きたがらぬところへ」
ズボンの裾をまくるようにして、中村哲医師が右足にわずかに残る傷痕を見せてくれたことがある。「いらぬ心配をさせるから、今は書かんでね」。
2020
1/3
6:00
福岡社会
【中村哲という生き方】(中)ニホンオオカミと呼ばれ
「ぜひともニホンオオカミに帰ってきて、吠(ほ)えてもらわないと」。俳優の故菅原文太さんはかつて、アフガニスタンで用水路建設に取り組む中村哲医師にそう言ったことがあるという。
2020
1/1
6:00
福岡社会
【中村哲という生き方】(下)「ナカムラ学校」魂 脈々と
アフガニスタンの用水路建設現場で中村哲医師を撮った写真のほとんどに、1人の青年が写り込んでいる。中村さんの運転手、ザイヌッラ・モーサムさん(34)だ。
2015
1/4
6:00
連載
【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】①「銃は何も生まない」 用水路で60万人潤す
岩と砂だらけの茶褐色の大地の一角に、「緑」が浮かび上がっていた。用水路に沿って延びる柳の並木、種がまかれたばかりの小麦畑を囲む防砂林が、岩山から見える。
2015
1/3
6:00
2015
1/1
6:00
2014
12/31
6:00
2014
12/30
6:00
2014
12/29
6:30
連載
【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】⑥「皆の夢」 望みはただ平穏な生活
「ここで子どもが殺されたんです」。アフガニスタンに滞在中の2014年12月、東部ナンガルハル州の用水路の建設現場に向かう車中で、中村哲医師(68)が突然つぶやいた。
2014
12/29
6:00
連載
【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】⑦私たちにできることは 戦争以上の忍耐が必要
「毎日体を洗うことは、良いことです」「服を洗うことも良いことです」。2014年12月2日、アフガニスタン東部ナンガルハル州。