あの日、何を報じたか
連載

「あの日、何を報じたか」

太平洋戦争の最終局面を迎えた1945年の夏、私たちの生活はどのような状況にあったのか。物資不足で2ページにまで減頁されていた西日本新聞は言論統制の中で連日戦果を伝え、読者に必勝への挺身を説いていた。75年前の「きょう」の記事から、当時をうかがう。

2020 9/30 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/30【秋晴れにヨイコの楽しい遠足】西日本新聞の紙面から

1945年9月30日付紙面から

 〈「先生、吉田君が石を投げます」「さあー、ちゃんと列をつくって、永野さん、いけませんよ」「やあー、ボートだボートだ」青く澄み切った空、秋とはいえまだ暑い日差し、緑の芝生ときれいな水にヨイコたちはいとも元気で朗らかだ。 池を見つめる子どもたちがもたれかかっているのは、福岡市中央区の大濠公園にかかる観月橋。

2020 9/29 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/29【恐れるな「ふざけ」 米兵気質をよく飲み込もう 福岡進駐の二世に聴く】西日本新聞の紙面から

1945年9月29日付紙面から

 〈アメリカ進駐軍の中にはわれわれ日本人と皮膚の色も髪の色も同じである第二世の兵士が混じっている。長崎に上陸した部隊にも、福岡へ先遣隊として設営のため進駐した兵士の中にも、これら第二世が米国軍の兵として、下士官として、彼らの父祖の国へ来ているのである。

2020 9/28 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/28【帰郷兵だけの「新しき村」 小屋掛けで籠城、国見岳を拓く】西日本新聞の紙面から

1945年9月28日付紙面から

 続々と復員する軍人たちの動向は日々注目されていた。この記事は、見出しの通り郷里に戻った復員者たちの様子を伝えたものだ。

2020 9/27 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/27【復興へ官公吏の粛清 市役所の場合】西日本新聞の紙面から

1945年9月27日付紙面から

 〈戦時中われわれは嫌というほど官僚独善の姿を見せつけられた。役人のすることしたことは、悪いこと、非能率なことであっても当然のごとくに済まされたし、闇の根源は官僚の足元からと言っても過言でなかった。

2020 9/26 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/26【米兵は浮世絵好き 初外出も至極のんびり 長崎進駐第三日目】西日本新聞の紙面から

1945年9月26日付紙面から

 〈市内にあるいは郊外に分駐する戦友の設営や各種資材の輸送に不眠不休で働き第三日を迎えた長崎地区進駐部隊の一部は、二十五日午前中を軽い自動車操縦訓練で時間を過ごし、午後からは上陸以来初の休養時間が与えられたため本格的な市民との折衝が始まった。 本紙は、米軍による被爆地長崎への進駐の様子を日々伝えていた。

2020 9/25 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/25【駅員の荷抜き 三十六名を検挙】西日本新聞の紙面から

1945年9月25日付紙面から

 〈熊本南警察署では去る八月十日の空襲のため緑川鉄橋が破壊されて以来、熊本駅構内に保管中の貨車積み小荷物の盗難が頻々として起こるので奥村刑事部長はじめ刑事室を動員捜査中のところ、一機関士が前記盗品らしき物を熊本市二本木町鉄道青年寮に持ち込んだことを発見。 1945年8月10日に熊本市にB29が大挙飛来した熊本空襲。

2020 9/24 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/24【高まる読書熱 「英語会話」は売り切れ ここにも自由主義の胎動】西日本新聞の紙面から

1945年9月24日付紙面から

 〈敗戦の痛苦を克服し、日本はいま新文化建設への第一歩を踏み出そうとしている。 終戦後、市民の間で読書熱が高まっている現状を福岡市内の書店と福岡県立図書館に取材した記事。

2020 9/23 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/23【米軍先遣隊福岡へ 学童に温かな思いやり】西日本新聞の紙面から

1945年9月23日付紙面から

 〈二十一日先遣隊として佐世保に上陸した米軍飛行場工作隊先遣部隊将校八名、兵二十名は福岡市席田飛行場整備のため二十二日朝トラック四輌ジープ三輌に分乗、約七時間降雨と悪路を衝(つ)いて午後五時すぎ畑山福岡市長、大藪中佐らに迎えられて福岡着。 GHQのプレスコードが発令された後は、米軍への好意的な記事が増え、一方米兵とのトラブルなどを伝える記事は減少した。

2020 9/22 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/22【台風ついて第一陣 親心の雲仙丸 引揚民のせ博多入港】西日本新聞の紙面から

1945年9月22日付紙面から

 大陸からの引き揚げはこれから本格化するところだった。記事によると雲仙丸は1945年9月16日、朝鮮半島に戻る800人を乗せて舞鶴港(京都府)を出港。

2020 9/21 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/21【部分的に削除して継続使用 国民学校の教科書大改訂】西日本新聞の紙面から

1945年9月21日付紙面から

 いわゆる「墨塗り教科書」の誕生を伝える記事は、2面の真ん中当たりに、あまり大きくない見出しとともに伝えられた。文部省の「次官通牒」とは「終戦ニ伴フ教科用図書取扱方ニ関スル件」。

2020 9/20 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/20【読者の声 徴用解除者の嘆き】西日本新聞の紙面から

1945年9月20日付紙面から

 〈終戦により徴用者が解除となり、失職者を多数生ずるのはやむを得ないことである。私もその一人で、某飛行機工場を八月三十一日に新規徴用者全員解除の憂き目を見たが、昨年二月の就職禁止令で職を奪われ徴用となり、多大の犠牲を払っても勝つためにと今日まで不平も言わず働いてきた。

2020 9/19 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/19【猛台風九州を席巻 各地に希有の風水害】西日本新聞の紙面から

1945年9月19日付の1面から

 〈実りの秋を騒がして十七日午後から夜半にかけ九州を襲った猛台風はわが気象観測陣を驚かす希有の猛威をふるい、南九州から東九州にかけて惨憺たる風水害のあとをとどめて日本海に抜けた。 終戦直後の日本に大きな爪痕を残した枕崎台風。

2020 9/18 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/18【早くも石鹸製造へ 鮮やか、新生日本産業の先駆ぶり 日華油脂小倉工場】西日本新聞の紙面から

1945年9月18日付紙面から

 物資も不足し設備も荒廃した中で、軍需から民需への転換を求められた製造業。「職場に戻れ」と従業員に呼び掛ける記事や広告が多く掲載される中、「模範例」として取り上げられたのが、北九州市の日華油脂小倉工場だった。

2020 9/17 8:00
福岡

あの日、何を報じたか1945/9/17【一夜で大テント町 進駐軍に学ぼう「日本式非能率」】西日本新聞の紙面から

1945年9月17日付紙面から

 〈相次いで本土に進駐してくるアメリカ軍隊を訪ねて、われらが一様に驚嘆させられるのは機械力を自在に駆使すること、すべての動作が実務的、能率的であることだ。戦争中でも日本国民は度々、米軍の徹底した機械力の豊富さを聞かされ、飛行場の設定などでわが方の何十分の一、何百分の一の短期間に仕上げてゆくことを聞いていた。

2020 9/16 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/16【「建設の足」へ推進力 取り戻す国鉄の誇り 正確と親切】西日本新聞の紙面から

1945年9月16日付紙面から

 〈送った荷物はどこへ行ったか、分からない。頑丈に作ったはずの包装もいつの間にか破れて中身が消え失せ、遅着遅着で途方に暮れる旅客には列車運行状態アナウンスもない。

2020 9/15 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/15【あれから一月「新しき日本」の表情】西日本新聞の紙面から

1945年9月15日付紙面から

 〈一億が慟哭しつつ大詔を拝してから早くも一ケ月たった。 さまざまな分野の「終戦1カ月」の様子を福岡、佐賀県の各地で取材し、まとめた紙面。

2020 9/14 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/14【爆心地にも住める 放射測定の篠原九大教授談】西日本新聞の紙面から

1945年9月14日付紙面から

 九州大の篠原健一教授は被爆直後の広島に入ったほか、数回にわたって長崎に入り被爆状況を調査。1986年9月に長崎大原爆資料センター(現在の原爆後障害医療研究所資料収集保存・解析部)で講演し、当時を振り返っている。

2020 9/13 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/13【ふえた殺傷事件 悪化の途たどる終戦後の犯罪 福岡県】西日本新聞の紙面から

1945年9月13日付紙面から

 敗戦後の混乱と困窮の中、犯罪が増加していることについて記事は〈罪悪の多くは被害者側にも責任があり〉と書いている。〈性質によっては被害届の出ないものが相当あるものと思われ統計上の明確なことは分からない〉としながらも、記事は、福岡県内での現状を挙げている。

2020 9/12 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/12【復員者へ道を譲れ 満鮮への一般客は今年中は駄目 門鉄局】西日本新聞の紙面から

1945年9月12日付紙面から

 9月に入り本格化した日本人の引き揚げ。同時に、日本から大陸方面への旅客も相当の数に上った。

2020 9/11 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/9/11【認識せよ米人気質 親切な態度を失うな 総監府から注意】西日本新聞の紙面から

1945年9月11日付紙面から

 〈連合軍の進駐は先月二十八日厚木の第一次をはじめとして各地に行われているが、その間、進駐軍と国民の間に多少の紛争や事故が惹起されている。 九州地方総監府は、進駐軍と住民のトラブルを避けるため、米国在住経験が長い人の話や各種資料から「米国人の気質」をまとめて、住民に認識を徹底してもらおうとした。

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