長崎発・戦後75年「戦跡をたどる」
連載

「長崎発・戦後75年「戦跡をたどる」」

砲台や防空壕(ごう)、特攻艇の格納庫…。長崎総局の記者たちが県内各地の戦跡をたどり、戦後75年の今の姿を報告する。

2020 5/29 16:50
長崎

「死体は荷物のごとく」運ばれる被爆者…酸鼻を極めた現場

諫早総合病院の敷地の一角、道沿いに建立されている佐世保海軍病院諫早分院跡の石碑

 2022年度の九州新幹線西九州(長崎)ルート開業に向けて、駅舎や高架の建設が進む諫早市永昌東町。道沿いに「佐世保海軍病院諫早分院」と刻まれた石碑がある。

2020 5/29 16:40
長崎

「小さい町でさえも…」兵器試した海 対岸には

突堤の先端の建物で魚雷発射の作業に当たったと思われる

 穏やかな大村湾に面する川棚町。海軍鎮守府が置かれた佐世保市に近く、特攻艇「震洋」の訓練所など軍施設が数多く配された。

2020 5/29 16:30
長崎

「撃たずの砲台」86年経過するも…なお頑丈 

巨大な砲身は終戦後に解体された。上からのぞき込むと、吸い込まれそうだ

 対馬最北端の約1キロ手前、対馬海峡を望む小高い丘の上に鎮座している。豊(とよ)砲台跡。

2020 5/29 16:20
長崎

敵艦に突撃「震洋」…五島にもあった出撃計画

鯛ノ浦郷の民家裏に残る格納庫跡。崩落が激しい

 「震洋(しんよう)」という名前を初めて聞いた。爆薬を積んで敵艦に突撃するベニヤ板製の特攻艇だ。

2020 5/29 16:10
長崎

次々に運ばれた被爆者…学生らが行った尊い行為

防空壕跡の前に立つ三根真理子さん。慰霊碑(左)と説明板(右)が多くの学生が犠牲になったことを告げている

 イタリア籍クルーズ船から採取された検体が長崎大熱帯医学研究所に持ち込まれた。早期にウイルスを見極めなければ感染拡大の恐れがある。

2020 5/29 16:00
長崎

戦争末期に築かれた砲台…無数のひび割れに感じる時の流れ

トンネルを掘り進め、橘湾(右手)に面する急斜面に据えられた千々石砲台の跡

 青い橘湾を見下ろす。海沿いの県道201号。

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