ワードBOX

新聞記事に使われた語彙(ごい)を説明した新聞用語ひと口メモ。このページでは新聞に掲載されたワードBOXとその関連記事をピックアップして紹介します。

ムエタイ

 パンチや蹴り、ひじ打ち、膝蹴りなど体の8カ所を使って相手と闘うタイの格闘技。数百年の歴史があり、事実上のタイの国技となっている。日本で生まれたキックボクシングのルーツでもある。選手の多くは低所得層の出身。勝敗がギャンブルの対象になるため、選手の社会的地位は必ずしも高くないとされる。

※ワードの説明及び記事の内容は更新日のものです。

関連記事

少年ムエタイ 光と影 13歳選手死亡事故 広がる波紋

 タイには、ファイトマネーを稼ぐ子どもたちがいる。貧しい家族を支えるため、伝統の格闘技「ムエタイ」のリングに身一つで上がる幼い選手たちである。だが、そんな闘いの場で13歳の少年が死亡する事故が起き、波紋を広げている。優先すべきは強さか、安全か、それとも…。児童ムエタイの実態を追った。 (バンコク浜田耕治)

 ●家族支えるため闘う ファイトマネーは生活費に

 バンコク近郊のサムットプラカーン県。スポーツを楽しむ人たちの笑い声が響く運動公園の一角に、四角いリングがある。

 「ここでアヌチャーは毎日練習をしていました。誰よりも集中し、倒れても倒れても立ち上っていました」。叔父のダムロンさん(48)はこう振り返る。

 アヌチャー・ターサコー選手(13)が死亡したのは11月10日。同県であった試合の第3ラウンドで頭に連打を浴び、ノックアウトされた。対戦相手はほぼ同年代の選手で、大人顔負けの壮絶な試合だったという。ヘッドギアは着けておらず、死因は脳出血だった。

 「優しい子でした。試合前には『勝ったら、おばあちゃんに金のネックレスを買ってあげるからね』と張り切っていたのに」。ダムロンさんは悔やむ。

   ×     ×

 アヌチャー選手は6歳の時に両親が別れ、タイ東北部ガラシン県の祖父母に育てられた。貧しい農家で、年収は日本円で17万円ほど。兄と姉も一緒に暮らし、生活が苦しいため、小学校卒業後にダムロンさんが引き取ったという。

 驚かされるのは、その試合数の多さだ。試合に出れば、勝敗関係なくファイトマネーが支払われる。アヌチャー選手は8歳から出場し、これまでに計170試合を闘っていた。ファイトマネーは1試合につき400円から7千円程度。生活費や学費に充ててもらうため、全額を祖母に渡していたという。

 「試合が多すぎると問題視する声もある」とダムロンさんに尋ねると、こう話した。「私は無理強いはしていない。彼はムエタイが大好きだった。いつも言っていたことがある。『家族の生活を良くするため、僕が闘ってお金を稼ぐ』と」

 ●背景に地方の貧困 全土で3万人 チャンス求め

 アヌチャー選手のような境遇の子どもは、タイでは珍しくない。15歳未満のムエタイ選手は全土で3万人以上とみられている。

 タイ東北部ノーンブアランプー県のムエタイ・ジムには、逸材と注目される9歳の双子の選手がいる。兄の名はプラーブ、弟はプルーム。リングの脇にある小部屋で寝泊まりし、日曜を除く週6日、ムエタイ漬けの生活を送っている。

 練習は大人でも音を上げる厳しさだ。午前5時に起床し、小学校にいる時間以外はロードワークやミット蹴り、スパーリングに汗を流す。終了は午後9時。「試合前の1週間は減量のため、お菓子やコーラは我慢させる。勝つための準備です」とオーナーのパラーコンさん(35)は話す。

 遊びたい盛りのはずの9歳の選手は、なぜムエタイを始めたのか。あどけない表情の弟プルーム君は「好きだから。僕にはチャンピオンの夢がある」と答えた。そして「お金が欲しい。両親をお金持ちにしてあげたい」と付け加えた。

   ×     ×

 子どもの選手のほとんどは賞金稼ぎが目的だ。農業以外に仕事がないような地方の低所得層が多い。

 双子の両親を訪ねた。高床式の住居の軒下には放し飼いの鶏がいる。父親(39)は運転手、母親(35)は清掃作業員。かつては2人とも約千円の日雇いをこなす不安定な暮らしだった。「双子の息子が50万円以上稼いでくれた。賭け試合の勝利ボーナスが入るようになって急増した。半分は貯金し、半分は生活費に充てた」と父親は言う。

 母親は「わが子が殴られるのはつらい。やめていいよ、と言っても聞いてくれない」と嘆く。「ある日、試合に負けて帰ってくると、息子たちは自分を責めて夕食に手を付けなかった。ご飯をいっぱい食べてほしいのに、負けたから食べないって言うんです」。父親は涙をためて語った。

 家族の生活を守るためには、誰もが自分にできることをして働かなければならないとの考えが、幼い彼らの中で確立しているのだ。

   ×     ×

 ムエタイは、貧富の格差の縮図でもある。ジムのオーナーのパラーコンさんはビジネスで成功し、双子ら4人の選手に衣食住を提供している。「私も選手だったが途中で諦めた。果たせなかった夢を託すため、貧しい若者にチャンスを与えたい」と強調する。

 強い選手にはスポンサーも付く。スポンサーは富裕層のギャンブラーが多く、選手の移動費や治療費などの面倒をみる。賭け試合では、両陣営のスポンサーらが賭け金を出し合い、自分たちが育てた選手が勝てば、全額を手に入れる。選手にも勝利ボーナスを渡す。ムエタイはギャンブルと表裏一体なのだ。

 子どもが大人の都合で売買されている現実もある。「『双子の選手が欲しい』と大手のジムに言われたことがある。1700万円出すと。でも断った。都会に行ったら、ビジネスのために闘わなければならなくなる。負けたら叱られ、殴られるかもしれない」とパラーコンさんは語る。

 ●安全議論高まるか 政府が規制へ 現場は猛反発

 変化の波も押し寄せている。アヌチャー選手の死を契機に、子どものうちから試合に出ることの是非が議論され始めたのだ。

 現行の法律には年齢制限がないため、タイ軍事政権の国会にあたる暫定議会は、12歳未満の出場を禁止する改正法案を作成した。観光スポーツ相は「できるだけ早く成立させたい」と述べ、12~15歳にはヘッドギアの着用を義務付ける検討も進めている。

 危険性は以前から指摘されていた。アディサク医師によると、2013年から5年にわたり、335人の子どものムエタイ選手と200人の一般的な子どもを対象にMRI検査を実施した結果、ムエタイ選手には脳に出血の痕跡が見られ、記憶力や知能指数が低い傾向が強く出た。

 アディサク医師は「子どもの頭蓋骨や筋肉は未発達のため、損傷を受けやすい。成人後にパーキンソン病やアルツハイマー病のリスクが増す恐れがある」と警鐘を鳴らす。アヌチャー選手も脳にダメージが蓄積していた可能性があるという。

   ×     ×

 だが、年齢制限にムエタイの現場は猛反発している。トレーナーのステープさん(44)は「安全対策の強化には賛成だが、ムエタイで一番大切なのは経験。試合を重ねて初めて強くなれる。幼い頃から始めないと強いタイ人選手は出ない。外国人にチャンピオンの座を明け渡してしまう」と語る。

 バンコクの近郊では、早くも12歳未満の試合を取りやめる動きが出始めた。主催者が自粛しているのだ。ジム経営のパラーコンさんは「試合をなくして本当に困るのは、収入が断たれる子どもたちだ」と言う。ムエタイ雑誌元記者のアピプラットさん(23)も「低所得層に夢を与えているムエタイを政府は助けてくれない」と肩を落とす。

 女子の35キロ級の国内大会で優勝経験もあるグンティダー選手(11)は戸惑っていた。母親にファイトマネーを渡せなくなる恐れがあるためだ。「試合は怖くなんかない。それより家賃のためのお金がいる。もしもの時は、水上マーケットで働く」とつぶやいた。

    ×      ×

 【ワードBOX】ムエタイ

 パンチや蹴り、ひじ打ち、膝蹴りなど体の8カ所を使って相手と闘うタイの格闘技。数百年の歴史があり、事実上のタイの国技となっている。日本で生まれたキックボクシングのルーツでもある。選手の多くは低所得層の出身。勝敗がギャンブルの対象になるため、選手の社会的地位は必ずしも高くないとされる。

=2018/12/24付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ