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二・二六事件

 1936年2月26日、天皇親政の国家体制の下、政党と財閥との癒着や農村の窮乏を解決しようと陸軍皇道派の青年将校たちが、下士官兵約1500人を率いて高橋是清蔵相ら要人を殺害した。永田町一帯を占拠したが、4日間で鎮圧され、一審制、非公開、弁護人無しの軍法会議で19人が銃殺刑となった。事件後、幕僚将校中心の統制派が粛軍の名目で皇道派を一掃。社会的衝撃を利用した陸軍は政治的発言権を増した。

2018年02月22日更新

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