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元寇

 13世紀に東アジアを中心に勢力を拡大した元(モンゴル帝国)による2回にわたる北部九州への襲来。対馬・壱岐を攻め、博多湾に上陸した1274(文永11)年の襲来を「文永の役」、81(弘安4)年に再び日本征服を目指し約14万の大軍が迫った侵攻を「弘安の役」と呼ぶ。元が日本に従属を求めたことが発端で、鎌倉幕府はこれを拒否。幕府は文永の役の後、北部九州の警備を強化、九州の御家人らに命じ、博多湾沿いに石造りの防塁を築かせた。

2018年07月19日更新

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「文永の役」TVアニメに 対馬舞台に戦い、平和考える たかぎ七彦さん原作「アンゴルモア元寇合戦記」

 740年以上前の鎌倉時代の元寇(げんこう)。蒙古軍が「文永の役」(1274年)で襲来したとされる対馬市厳原町の小茂田浜神社には、戦死した武将や島民を慰霊し平和を願う「元寇七百年平和之碑」が建立されている。今でも地元で犠牲者を悼む激戦が題材となったテレビアニメ「アンゴルモア元寇合戦記」(たかぎ七彦さん原作)が今月始まった。アニメを通じて元寇への関心が高まりそうだ。

 原作者のたかぎさんは数回にわたり対馬を訪れ、古戦場跡とされる小茂田浜神社などを取材したという。アニメは流刑に処された人物から着想した主人公の元鎌倉御家人、朽井迅三郎(くちいじんざぶろう)や、対馬の地頭(守護)代「宗助国」の娘である輝日(てるひ)が、武士たちを率いて蒙古軍との戦いに身を投じた惨状を描く。作品は史実を元に、フィクションを交えて描いている。

 対馬市では6月末、アニメ放送を前に、出版元のKADOKAWAが「第1話」の先行上映会とトークショーを開催。特別招待された地元の中学生約30人のほか、市民約500人が鑑賞に訪れた。小茂田浜が校区内にある佐須中3年の池田結衣さん(14)は「迫力があった。対馬を舞台にした元寇をよく知りたい」と、郷土の歴史に思いをはせた。

 たかぎさんはトークショーで「蒙古軍が対馬に滞在していた時の記述が教科書に載っていないことが気になっていた。調べていくうちに、流人の存在や宗助国たちの小茂田浜での戦いを知った」と説明。「古代から近世にかけ、大きな歴史の『厚み』が対馬には存在する。それを漫画で描きたくなった」と明かした。

 原作は歴史コミックとして2013年に漫画連載が始まり、現在もウェブ連載が続いている。

     ◆     ◆

 文永の役では、80余騎で蒙古軍の軍船900隻、兵2万5千人以上を迎え撃ち、全員が戦死したと伝えられる。アニメでは小茂田浜での激戦などが、武将たちの心理描写や歴史的な背景も含めて描かれるようだ。

 小茂田浜神社で毎年11月に行われる大祭では、本殿での神事の後、氏子たちが武者姿になって近くの海岸のお旅所まで練り歩く。蒙古軍が押し寄せてきた西の海に神職が弓矢を構えて弦を鳴らす「鳴弦(めいげん)の儀」が行われ、氏子らが沖に向かって「エイ、エイ、オー」と勝ちどきを上げて犠牲者をしのんでいる。

 地元区長の井原源太郎さん(70)は取材に対し「この地であった出来事を風化させてはならない」と話し、元寇の戦地となった地元で、平和であることの意味を問い続ける大切さを訴えた。

 「アンゴルモア元寇合戦記」では、今後、対馬を守る様子がどう描かれていくのだろうか。「国同士の戦いとは」「争いとは」。現代とも照らし合わせ、そんなことも考える。

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 テレビアニメ「アンゴルモア元寇合戦記」は、NBC長崎放送(毎週月曜日午前1時20分から)▽対馬市CATV(毎週土曜日午後8時から)▽TVQ九州放送(毎週金曜日午前3時から)-などで放送(変更の場合あり)。

【ワードBOX】元寇

 13世紀に東アジアを中心に勢力を拡大した元(モンゴル帝国)による2回にわたる北部九州への襲来。対馬・壱岐を攻め、博多湾に上陸した1274(文永11)年の襲来を「文永の役」、81(弘安4)年に再び日本征服を目指し約14万の大軍が迫った侵攻を「弘安の役」と呼ぶ。元が日本に従属を求めたことが発端で、鎌倉幕府はこれを拒否。幕府は文永の役の後、北部九州の警備を強化、九州の御家人らに命じ、博多湾沿いに石造りの防塁を築かせた。

=2018/07/19付 西日本新聞朝刊=

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