【「人を幸せにする作品を作り続けたい」スタッフ全力募集中】レベルファイブー日野晃博社長インタビュー
「レイトン」「イナズマイレブン」「妖怪ウォッチ」シリーズなど数々の人気ゲームソフトを生み出してきた福岡市の株式会社「レベルファイブ」が1998年の創立から間もなく25周年を迎える。ゲーム制作にとどまらず、テレビアニメや映画とのクロスメディア戦略を展開、海外にも積極的にアプローチ。総合エンターテインメント企業として、様々な分野で挑戦を続けている。レベルファイブはこれから、どんな冒険をしていくのか。卓越したゲームクリエイターであり、創業社長として舵取りする日野晃博氏にこれまでの道のりと「次なる冒険」について聞いた。(文中敬称略)。

◆草創期
失敗することは想像しなかった
―ゲームとの関わりはどんなふうに始まったのですか。
日野 今はどちらかと言うとストーリーを描く、お話を作るクリエイターをやっていますが、もともと僕はプログラマーです。小学校の頃からメカをいじるのが大好きだったので、コンピューター関係に進もうとは考えていました。20歳ぐらいの頃、「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」という作品に出会いました。徹夜して並ばないと買えないゲームが、どんなものかやってみたんです。そしたら、ぐいぐい引き込まれ感動しました。自分がプレイして物語の中に入り、主人公であるかのような空想を楽しむ。これは素晴らしいメディアだと思いました。ゲームの世界って人生をかけてやる仕事になるのかな、と迷っていたんですが、「ドラクエIII」に出会って一生続けられようが続けられまいが、あーもういいや、好きなものに関わっていくほうが幸せと考え、一般企業からもらっていた内定を全て断って、ゲーム会社に飛び込みました。
―独立はすぐに考えたのですか。
日野 会社自体は大好きでしたが、そのうち自分なりに作りたいゲームソフトがでてきました。大人向けより、子どもたちに夢を与えるようなゲームが作ってみたいと思うようになり、会社のオーダーとのギャップに悩むようになりました。ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の方にゲーム作りをさせてほしいとお願いする機会があったんですが、「会社を作ったら話を聞くよ」と言われました。ゲームを作りたいのに会社を作れって、どういうことかと戸惑いました。まだ知られた存在でもない僕らの覚悟を試されたのだと思います。何のリスクも負わず、お金を支援してもらってゲームを作らせてくださいというのは虫がいいことなんだと思い至り、会社を作りました。
―クリエイターとマネージャーは両立できるのですか。
日野 僕は今も80%くらいはクリエイターだと思っています。どんなゲームを立ち上げ、会社としてどんなブランドにしていくかを考えています。会社を作る勉強は大変でした。経理とは何かという本を買って読んだりとか。経理担当がすぐに加わってくれたので助かりました。財務や会社の規程も、最終的に僕が決定しますが、優秀なスタッフのおかげで会社が成立しているという感じです。
―設立当初はご苦労も多かったのではないですか。
日野 30数人で市民会館の会議室を300円で借りて作品の企画会議をしました。音楽もカセットテープで聴きながら一つ一つ組み立てていきました。
―苦労が実を結ぶと考えた根拠はあったのですか。
日野 若気の至りでしょうか、失敗することは頭の中で想像もしなかったです。思い切りはよかったですね(笑)。
―初めて開発を手掛けた「ダーククラウド」は海外でミリオンセラーになりました。
日野 「ダーククラウド」はドラクエシリーズの制作会社のスタッフの目に留まり、「一緒に何か作りましょう」と声を掛けていただくきっかけとなりました。お会いした夜、飲みに行った席で当時最新の「ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち」への意見や不満点をガンガン言いました。「ドラクエIII」で人生が変わった僕は、ドラクエの大ファン。納得できない部分に、どうしてももの申したくなったんです。「それほど好きなら、自分で作ってみたらいいんじゃないの」と言われ、「ぜひ、作ります」と。それで「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」のサンプルを作ることになりました。
―採用されるかわからないわけですよね。
日野 怒られるかもしれないですが、確実に採用されると思っていました。あの時点では僕らしか作れないものでしたから。ただ、別の作品がマスターアップ(最終段階)にあり、社員はサンプルを作る時間がなかった。それで何とか取れそうだった正月休みを「全部僕にくれ」と頼み込んだんです。あのドラクエを、われわれが作るということを意気に感じ、皆、僕の無茶なお願いも聞いてくれました。結果、開発会社として正式に採用してもらえて、レベルファイブの知名度が一気に上がりました。
―リスクを超える情熱があったのですね。
日野 リスクより、成功したらどんなことが起きるのか、ワクワク感が勝りますね。

◆勃興期
同じことばかりは面白くない
―2007年の「レイトン教授」からパブリッシャー(自社名でオリジナルのゲームソフトを制作、販売)になりました。「イナズマイレブン」、「妖怪ウォッチ」等々、多種多様なコンテンツで大ヒットを連発しておられます。
日野 同じことをやっても面白くないですから。もちろん人気作は1、2、3と継続して出していきますが、それだけでなく新作にもチャレンジしたい。毎回違うことをやりたいので新しいタイトルを立ち上げます。その中で、「レイトン教授」は作りたいというより、パブリッシャーの社長として初めて成功させなくてはならないと思って作った作品です。当時、脳トレが流行していたこともあり、以前から好きだった多湖輝(たご・あきら)先生の本「頭の体操」シリーズを謎解きゲームにしました。コアなゲームファンではなく、ライトな層向けのゲームとしてキャラクターデザインも考えました。
―新たな分野で作品にまとめるには生半可な知識ではできないと思うのですが。
日野 レベルファイブの大体の作品は僕が企画したものですが、僕はとにかくインドア派。参考にいろいろなテレビドラマや映画も観ます。ゲームは今も大好きで、遊びを追求している感じです。最新作の「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」は、一ユーザーとして100時間以上はやりました。
―売れるゲームを作るために市場調査もするのですか。
日野 僕自身はあまりしないですね。「イナズマイレブン」がヒットした当時は、業界の市場調査ではサッカーゲームは売れないと結論付けられていました。ただの必殺技が出てくる一般的なサッカーゲームを作っても売れないだろうけれども、もっと振り切った世界観のものでアニメも同時に作ろうと考え、市場調査とは異なる結果を出せたんです。
―クロスメディア戦略ですね。
日野 「イナズマイレブン」は子ども向けでしたので、漫画本のコロコロコミックやテレビアニメを先行させ、満を持してゲームを発売しました。「二ノ国」では、日本の代表的なアニメ制作会社のスタジオジブリとも連携しました。最初、英語っぽいタイトルをつけていたら、ジブリの代表取締役社長の鈴木敏夫さんから「気に入らないなあ」と言われ、僕が新たに考えたタイトルが「二ノ国」でした。
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◆そして未来へ
語り継がれる作品を一つでも多く
―これからのレベルファイブの展開はどのようにお考えですか。
日野 IP(知的財産)を作り続けていきたい、というのはあります。多岐にわたる分野で、一つでも多く長く語り継がれる、愛される作品を生み出していきたいと思います。「レイトン」、「イナズマイレブン」、「妖怪ウォッチ」というのは、仮面ライダーやウルトラマンがそうであるように、ある年代が魅了され、常に新作を出していけるシリーズです。そういうものを一つでも多く生み出したい。ゲームを作り、映画を作り、アニメを作り、大きな収益を上げながらやっていきたいと思います。
―今、一番関心のあることは何ですか。
日野 VR(仮想現実)、AI(人工知能)です。この二つがもう一段階進めば、仮想世界の中で本当にいるような人間と話ができ、その世界の中で生きられるようになるのではないかと。そんな仮想世界で過ごすのは、すごく面白味があると思います。
―世界展開も積極的です。
日野 世界展開はしっかりやっていきます。以前は販路確保が必要でしたが、今はネットワーク化が進み、世界同時発売も比較的容易になりました。言語の問題を解決すれば展開しやすいという状況になりましたね。これから発売するタイトルは、基本的に世界同時リリースを目指しています。
―レベルファイブが最新技術を用いて長く愛されるシリーズ作品を生み出していくには、どんな人材を求めていらっしゃいますか。
日野 いろんな専門知識を持ったスタッフが揃ってくれるといいですね。仲間になってもらいたいです。新しい技術に精通したスタッフや、世界展開するうえで、いろんな国の言葉のニュアンスがわかるスタッフ。もちろんゲームを作れる人材もほしいです。現在約300人の会社ですが、早い段階で100人は増員したい。福岡、東京、大阪の3拠点でスタッフを全力募集中です。
https://www.level5.co.jp/recruit/career/new/
―どんな思いをもった求職者に集まってほしいですか。
日野 プロジェクトを自らぐいぐい推進していくような芯の強い方です。以前、僕が選んだリーダー陣に能力・特性診断テストを実施したところ、リーダーたちには高揚感レベルが高いという共通点がありました。つまり熱くなってやろうぜ、という気持ちを皆持っているのです。僕も非常に高揚感があるタイプです。スタッフにも、そういう人たちが集まって欲しいと思います。また、僕は社員に正直に、ストレートに自分の思ったことを伝えます。より良い作品を作るため、うそをつかず、ダメなものはダメと言うようにしていますので、へこたれず、打たれ強い方と働きたいと思っています。
―首都圏に比べれば物価も安く、環境もいい福岡市に本社を構えています。
日野 これからも本社を移転するつもりはありません。コロナ禍がリモートによる働き方を促し、地方にチャンスをもたらしました。ただ、勤務が在宅ばかりになると会社への帰属性がなくなる問題点が浮かび上がってきました。リモートが有効な局面もありますが、チームとしてものを作るときにはデメリットが多い。仲間意識が生まれづらく、長く一緒に働きたいという気持ちも薄くなるように思います。かわいい後輩、尊敬できる先輩という関係があってこそのチームです。
―クリエイティブはチームでやるものなんですね。
日野 クリエイティブに限らず、人間が生きていくうえで誰かに会うためにどこかに行く、というのは基本ではないかと思います。職場であれ、学校であれ、誰かに会いたいとか、誰かと一緒にいたいとかがあって、成り立つのだと思います。もちろん仲間と折り合いが悪くなり、会いたくなくなる場合もあるわけですが、誰とも一緒にいることがなくなり、モニターの向こうでしか世界とつながらないという状態はあまりよくないと思いますね。
―レベルファイブが作る世界は仮想現実ですが、組織としてはリアル重視ですね。
日野 人は集まってこそ、一緒に何かをやっている実感を得るんじゃないかと思います。
―日野社長にとって「いいゲーム」とはどんなものですか。
日野 哲学的な質問ですね。うーん…。ゲームをプレイした方から「ゲームがあったからまだ生きていようと思った」と、お手紙をもらったことがあります。ゲームが誰かの人生を救うこともあるということです。いいゲームとは、という問いに対する答えとしては人を幸せにする、いい気分にする、心を支えるゲームということでしょうか。僕たちは、作品を発売ぎりぎりまで修正します。普通だったらもう修正は行わないタイミングになっても、少しでもよくする作業を毎回のようにやります。僕自身がずっとそうやってきて、そのマインドがスタッフにも引き継がれています。この最後まであきらめない精神がヒットに繋がってきたんだと思います。あきらめないチームで人を幸せにするゲームをこれからも作り続けていきたいです。
(ひの あきひろ、福岡県生まれ)

株式会社レベルファイブDATA
〈福岡本社〉〒810-0022 福岡県福岡市中央区薬院1-1-1 薬院ビジネスガーデン
〈東京オフィス〉〒108-0075 東京都港区港南1-2-70 品川シーズンテラス6F
設立:1998年10月28日
事業内容:ゲームソフトの企画・制作・販売
スタッフ数:300名
■レベルファイブ公式サイト https://www.level5.co.jp
■中途採用情報 https://www.level5.co.jp/recruit/career/
<企画・制作/西日本新聞社メディアビジネス局>
提供:レベルファイブ