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チャレンジには苦労、葛藤が当然あるが、乗り越えて得るものが絶対大きい

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西日本シティ銀行
2023/8/29 10:162023/8/29 10:16 更新)

 女性が伸び伸び活躍できる社会にー。そんな思いを込めて西日本新聞社は女性の社会進出を応援するプロジェクト「Will Well Women~未来をつかむ女性たち」をスタートします。第1弾は、パイオニアとして苦労しながら世界を広げている女性たちのロングインタビューをお送りします。まずは西日本シティ銀行で女性として初の取締役常務執行役員に就任した小湊真美さんにお聞きしました(文中敬称略)。

男性学生を優先していた企業

―取締役に就任なさっていかがですか。

小湊 忙しいですね。銀行の意思決定を行う取締役会の正式メンバーとなり、重要な会議への出席が増えたのと、所管として広報文化部・リスク統括部のほかに、筑紫ブロックを担当していますので、営業店の取引先を訪問することもあります。一日が非常に早く、あっという間にひと月が終わります。

―元々銀行を志望なさったのでしょうか。

小湊 実は私、大学時代は中学校の社会科の先生になりたかったんです。そのため民間企業の就職活動は熱心にやってなかったんですけれども、そうは言っても地場の企業はいくつか受けようかなと思っていました。私が就職活動をした1989年の世の中はバブルで景気も良くて。男性学生は4年生の4月時点でたくさん内定をもらっていましたが、女性学生は8月1日の就職活動解禁日までに試験すら受けられませんでした。男性学生には百科事典のようなリクルート冊子が届いていて、巻末のはがきを企業に送ると、その企業にいる大学OBから電話がかかってきて就職活動がスタートしていました。1986年に男女雇用機会均等法が施行されていましたが、女性学生には一切そういうのがありませんでした。それで男性学生の友人から巻末のはがきをもらって地元の5社に出しましたが、音沙汰なしです。

 ようやく解禁日前日の7月31日、旧福岡シティ銀行(2004年に合併し、西日本シティ銀行)から自宅に「明日入社試験します」と電話があって会場に行ったら300~400人の女性学生がいて、すっごい難しい試験を受けさせられました。私、文系ですから数学の微分積分の問題などほぼ白紙で出したんですが、来たんですね、合格の連絡が。まず30人ぐらいに絞られて、次の段階で役員面接となり、最終的に大卒の女性18人が総合職の同期として入行しました。

―教師にはなられなかったのですね。

小湊 大学の就職課に報告に行ったら、担当の方から「社会の先生になりたかったんだったら、銀行ほど生きた社会を勉強できるところはないぞ」と言われて。確かにそうだな、と思いました。銀行を辞めてからでも教師にはなれるし、まずは、銀行に入行しようと思いました。

お茶出し、灰皿掃除も経験

―入行後はいかがでしたか。

小湊 まず箱崎支店融資係に配属されました。男女雇用機会均等法が施行されていたからでしょうか、今年の総合職の新入行員は、男女の区別なく融資業務からスタートします、ってことで、私は入行直後の5月からローンと住宅金融公庫(現 住宅金融支援機構)の窓口を担当しました。自宅を建てるお客さまは人生最大の買い物をされるわけです。窓口で身内のようにいろいろ話をしてくれて、「あなたのおかげで家が建った」など言われると、銀行員ってやりがいがあるな、と。教師になるのはちょっと横に置いといて、このまま銀行で頑張ろうと思いました。

 ただ、当時は女性が担当する融資の仕事は限定的でローンと住宅金融公庫から広がりがないんです。この状況は当行に限らず多くの銀行がそうだったと思います。そもそも、女性が融資の仕事をすることが珍しい時代でしたから。同期の男性行員は企業融資を任され、一通りの経験を積んだあと営業に出るわけです。企業融資は、お客さまの決算書を見て財務状況がどうとか担保の有無や、業界自体の将来性とか総合的に判断し、融資の可否を決めるので、パッケージ型のローンや、住宅金融公庫よりも判断が難しい。だからこそ、よりやりがいがあるように感じました。研修では女性行員も企業融資を勉強するのに、現場では担当させてもらえない、担当する機会がない。女性行員はお茶出しや灰皿掃除をするのに、男性行員はしなくていい。男性行員との仕事の格差がどんどん出てきて、同期の女性たちは「やってられない」と辞めていき、2年後には半分くらいまで減りました。私は企業向けの融資を担当したいとずっと言い続けていたところ、理解ある上司に住宅金融公庫のスキームを活用した融資案件を任され、これは本当に一世一代のチャンス、とほぼ徹夜で頑張りました。翌日、案件を提出すると、上司から「ほお、よくできてるなぁ」って言われて。できるも何もこれまでチャンスすら与えてくれなかったのに、と複雑な気持ちになったのを覚えています。今の職場環境はこのような露骨な性差別はもうありません。時としてうらやましくも思います。

「融資の失敗はないんです」

―融資の仕事は責任が重く、リスクもあります。小湊さんが入行してから間もなくバブル経済が崩壊し、銀行の不良債権が問題になっていきました。1990年4月の入行から支店や本店営業部の融資係や主任、融資課長、支店長と、2015年5月に広報文化部長に就任されるまで主に融資に関わってこられましたが、失敗はなかったのですか。

小湊 失敗は正直ないんです。

―融資したのに回収できなくて困ったとか。

小湊 それもないんですね。これは割と珍しいと思います。

―なぜなんでしょうか。

小湊 やっぱりお客さまをよく知る、実態をしっかりと把握する。そのためにお客さまといろいろな話をしてお客さまのニーズや課題をくみ取り、自分の持っているスキルだとか、得た知識・情報を使って総合的に判断するということをやったからでしょうか。箱崎支店で融資の基礎を学び、本店営業部でいろんな種類の融資実務を経験したことが大きかったと思います。

―失敗のない実績を上げてこられても、女性としての苦労はあったのでしょうか。

小湊 34歳で赤間支店の融資課長になりましたが、例えば苦情を言われるお客さまと向き合うと「あんた誰ね」から始まり、いくら名刺を差し出しても「男の人はおらんとね」「支店長、出せ」とか散々言われました。「私が対応します」といくら言っても、私の席の前にいる部下の男性に話しかけられたり。。。

―そのときはどうされるのですか。

小湊 責務をやり切ります。部下とお客さまが話をしても解決できないことが多いです。私がこんなふうにしましょうか、と具体的に提案していくと、だんだんお客さまの表情が変わっていきます。女性の課長でもちゃんと分かるんだ、というまなざしになり、それからは逆に親しみや信頼感を持っていただけるようになりました。女性だと覚えられやすく得をしたということもあります。

地域貢献が仕事の醍醐味(だいごみ)

―2004年10月の銀行合併を経て、2011年5月、太宰府支店長に就任なさいます。銀行の方々、特に融資をされている方々からすると、支店長というのは一回はやりたいと思われるものなんでしょうか。一国一城の主という感じでしょうか。

小湊 はい、一国一城の主だと思います。自分が行員を取りまとめ、地域のためになる仕事をしたい、自分の裁量で支店経営をやりたいとずっと思っていました。誰にも言いませんでしたけれども。太宰府支店長を拝命した瞬間は今も忘れられません。着任の日の朝、西鉄太宰府駅に降り立った時、見上げたら、すぐ太宰府支店があるんですよね。その景色が今でも目に焼き付いていて、私は太宰府のために何ができるんだろう、太宰府のためになる支店づくりをしていきたいと思ったことは鮮明に覚えています。一方で、太宰府という歴史ある街では、女性の支店長はまた見くびられるのではないか、と以前の体験が脳裏をよぎり、覚悟もしていたんですが、太宰府って女性が頑張る・頑張れる街だったんです。

―おいくつの時ですか。

小湊 44歳の時です。

―女性が頑張る街・頑張れる街というのはどういうことでしょうか。

小湊 太宰府天満宮の参道の商店街を切り盛りしているのは大半が女性たちでした。おばあちゃん、お母さん、そして自分と三代続けて女性が店主という店が多くありました。毎日のように、参道や周辺の店を回って、あちこちでいただく梅ヶ枝餅を「おいしいですね」ってほおばりながら、いろんな話を聞いていたら、太宰府の商店街には課題が二つあることが分かりました。当時、中国や韓国からの観光客が急増していた頃で、言葉が分からないという課題でした。いらっしゃいませやありがとうございましたなどのあいさつは何とかなるけれども、梅ヶ枝餅の「これはこしあん、それとも粒あんですか」など商品について聞かれた場合の会話ができないというものでした。それで支店の2階で“韓国語、中国語セミナー”を開きました。支店長がそんなセミナーを開くなんて初めてだったようで、商店街の方々が告知のビラ配りを協力してくれ、30人の予定が60人を超えて立ちながら聴く人が出るほどでした。もう一つはお金の問題です。大型船から降りて直行で太宰府に来た外国人の観光客は日本円を持っていませんでした。当時は電子マネーも普及していないし、外国人の観光客は名物の梅ヶ枝餅が買えないんです。これは(外貨を円貨にする)外貨両替機が必要だと思って調べると、ウォンや元などの外貨を円貨にする両替機は当時、日本で沖縄の国際通りと富士山近くの2台しかありませんでした。そこで太宰府支店に絶対設置しようと本部や太宰府市長にもお願いに行って、設置にこぎつけました。ウォンや元で買おうとする観光客に店主が「チェンジ、チェンジ」と太宰府支店の外貨両替機を指さすと、日本円に交換してまたお店に来てくれると。そんな話を聞くと、うれしくて、うれしくて。

―長住支店長もなさっています。

小湊 長住支店では、長住商店街で使える「プレミアム商品券」導入のお手伝いをしたのが印象に残っていますね。行政との調整など大変だったのですが、商店街の人々と一緒に力を合わせて導入にこぎつけました。聞くところによると、福岡市の中心地にある商店街より、長住商店街の「プレミアム商品券」の売上高は今でも多いそうです。

―地域の方々に喜ばれるとうれしいですね。

小湊 はい。とてもうれしいです。お客さまからありがとうとか助かったとか、おっしゃっていただけることが銀行員の醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。あなたのおかげで家が建ったとか資金繰りが回るようになったとか、地域のためにありがとうとかうれしい言葉を聞くと銀行の仕事を通じて世の中のためになっている、地域貢献できていると実感できます。それがやりがいだし、自分のモチベーションを保つ源です。

機会を生かすかどうかは自分次第

―2015年5月からは畑違いの広報文化部長に就任なさいました。

小湊 これまで出会ったこともないテレビや新聞の記者さんたち、広告代理店の方たちとどう向き合えばいいのだろうと不安もありました。でも地域や銀行の情報を伝えてくださるのがメディアの方々です。地域のためにお客さまのために、という私の軸をぶらさずに仕事をしようと思いました。職務や立場はかわっても基本は一緒なんですよね。人と人のつながりや信頼関係をどう築くかが鍵なんです。畑違いな立場においてもそれまでの経験が生きたように思います。

―これまで女性とか男性とか関係なく、実績を上げて世界を広げてこられた印象です。

小湊 仕事をする上で女性とか男性とかあんまり意識したことがないです。「女性には無理だ」という男性の固定観念と「女性(私)はやらなくてもいいとか(私は)できない」という女性の悲観的な考えをなくす、男女双方の意識改革が必要だと思います。力仕事を除けば仕事の能力に性差はありません。だからこそ企業は性別に関係なく公正・公平な人事評価・昇進が不可欠なんです。

―今を生きる若い女性たちはどうご覧になりますか。

小湊 男女平等にチャンスがあるだけで、もう恵まれていると思います。機会を生かすか殺すかは自分次第でしょうが。まだまだ女性だからと甘えを持っている人もいるし、私はそこまでできない、と自分で自分のエリアを作ってしまっている人もいますね。挑戦する必要がないとかムダだと思っているというのかな。別にそこまではいいや、このままでいいという感じで。でも、それって男性も一緒じゃないでしょうか。私は性別に関係なく誰しもがチャレンジしてこそだと思いますし、物事の大小にかかわらず目標を実現してこそだと思います。広報文化部長時代に取り組んだ西日本シティ銀行のイメージキャラクター「ワンク」を活用した商品化にしてもそうです。ワンクグッズを販売することは、銀行業との兼ね合いで制限があり、どうしたら実現できるか金融庁と協議を重ねました。まさに誰もやっていないことへのチャレンジです。チャレンジには苦労なり、葛藤なりは当然あるんですけれども、乗り越えたときの達成感を感じたり、成功体験を積み重ねていくことが私は好きなんです。若い人たちにもぜひ経験してほしいです。私の指導や人材育成は徹底していると思っています。やらないのが一番ラクだけれども、立ち向かわないでどうすると。苦難を乗り越えて得るものの方が絶対大きいです。これをやりたいと若い人たちが言ったとき、私は絶対NOと言いません。ただし、歯を食いしばってやり遂げなさいと言います。若い人たちは頑張りますよ。厳しく言うこともあるんですけれど、私の本気度や伝えたいところは伝わっていると思います。

―取締役は、これまでとは次元の違う重責です。

小湊 そうですね。SDGsというか、いろんな意味で持続可能な社会に貢献できるように銀行業務を通じて、一つ一つのことに対しこれまで以上に真摯に責任を持って取り組んでいきたいと思います。そしてやっぱりこれまで取り組んできたような地域や地域の皆さんの発展につながる活動は、率先垂範していきたいなと思います。

西日本シティ銀行のイメージキャラクター「ワンク」の段ボールオブジェと共に

 こみなと・まみ 福岡県生まれ。1990年4月、旧福岡シティ銀行(現西日本シティ銀行)入行。箱崎支店融資係、本店営業部融資主任、赤間支店・西新町支店融資課長、太宰府支店長、長住支店長、広報文化部長などを経て2023年6月から西日本フィナンシャルホールディングス執行役員、西日本シティ銀行取締役常務執行役員。

■西日本シティ銀行公式サイト https://www.ncbank.co.jp/

<企画・制作/西日本新聞社メディアビジネス局>

提供:西日本シティ銀行

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