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2022鳥飼八幡宮ご遷宮~新しい神社の在り方を提案~

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鳥飼八幡宮
2022/12/27 12:032022/12/27 12:03 更新)

 楼門から差し込む光を浴びながら参道を進むと、不思議な空間に導かれます。一見、神社のイメージとは結びつきにくいスタイリッシュな建物は、よく見ると全面が茅葺き壁。中には、巨大な石の柱が並び、静かな澄み切った空気が流れます。  

 2022年12月、新たな「祈りの場」として生まれ変わった鳥飼八幡宮(福岡市中央区今川)。創建以来1800年、時代と街を見守り続けてきた古社の歴史、そしてこれから幾千年の未来を紡ぐ新しい歩みについて、山内圭司宮司に聞きました。

福岡の発展とともに1800年
地元との新たなつながり方を模索

 鳥飼八幡宮は創建1800年。新羅出兵から帰還した神功皇后が鳥飼村に立ち寄った折、御膳を出して歓待した村人たちに献杯を与えてこの地に宿泊。後に、村長の子孫が「神功皇后ゆかりの地」に社殿を建てたのが発祥と言われています。その後、戦乱などで史料や建物は焼失しましたが、江戸期に黒田家が現在地に遷座(移転)。幕末の志士平野國臣、玄洋社とのゆかりも深く、財界の重鎮からの崇敬を受け、福岡の発展と共に歩んできました。

 近年はカレーフェスやマルシェといったイベントの場として知られていますが、ひところは参拝者が激減、奉納行事の存続さえ困難な危機的状況に陥っていました。時代の流れで全般的に神社は、かつてほど親しい存在ではなくなりました。都市部は人口流動が激しく、マンションが立ち並ぶ福岡市中央区は5年でほぼ半数が入れ替わると言われています。氏子意識が根付かないのも仕方のないことでした。  

 そこで現状を打破し、神社に関心がない人にもアプローチしてファンを増やそうという試みがフェスやマルシェといった各種のイベントに、SNSなどを通じた情報発信でした。併せて9年前にはフォトスタジオを開設。5年前に保育園オープン、3年前に納骨堂建立など、山内圭司宮司のもとで次々と新たな事業に取り組み、10年前と比べると参拝者は10倍になりました。  

 地元との新たなつながり方を模索しながら見事に根付き、にぎわいを取り戻した鳥飼八幡宮。実は、これらはすべて今回の「205年ぶりの遷宮へ向けた取り組み」だったのです。

遷宮は「神社を最適化する装置」
次代を見据えた地域活性化の事業として

 神社の本殿を造営したり修理したりする際に、ご神体を異なる本殿に移す遷宮とは、本来、地元の鎮守の森で取れた木材を使って、地元の職人を使い、地元のみんなでお金を集めて、地域の人々みんなで行うものでした。技術や祭礼を継承して、資金を分配し、地域の組織を構築・強化。「地域を活性化させる公共事業だった」と山内宮司は言います。

 ですが、神社を軸とした地域コミュニティーが崩壊した現在、本来の遷宮の在り方を求めることは難しく、財界・有力者から何千万もの寄付金を集めて修理するにとどまっているのが実情です。

 鳥飼八幡宮では、遷宮を「時代に沿って神社を最適化する仕組み」と再定義。「地域の活性化、神社界の活性化」を視野に、次世代を見越した事業として取り組むことを目指しました。そのために自ら事業を組み立て、従来の氏子組織に加え、子どもからお年寄りまで広範な人々がさまざまな形で参画できる仕組みをつくってきたのです。

205年ぶりの遷宮で「原点回帰」
巨石、茅葺き……匠の技を継承

 地域の人々と共に、新しい神社を創っていく「遷宮」。そのコンセプトは「原点回帰」です。江戸時代後期の建物を文化財として残すならば、200年の歴史をたどることができるでしょう。しかし、創建1800年の神社の原点に返ることにはなりません。

 そこで新たに登場した拝殿は、巨大な10本の石柱に茅葺き、黒しっくい壁で、神社の原始形態とされる磐座(いわくら)をイメージ。古代の自然崇拝、巨石信仰から磐座、そしてお社へと変化してきた「祈りの場」の原点を体現する空間となりました。マンションやビルが立ち並ぶ周辺の景観ともマッチしたスタイリッシュなデザインながら、そこに立つだけで数千年の時の流れを感じることができます。

 石柱は永久(とこしえ)、茅葺きは常磐(とこわか)と神道で重視される精神を表現しています。石に茅、土、しっくい……すべて土に返る素材です。これほどの規模の茅葺き、黒しっくいが施された建築物は全国にもほとんど例がなく、宮大工に石工、茅職人、左官など各地から多数の職人を集めて完成に至りました。

 「鳥飼八幡宮の社殿にお参りすると、日本の匠の最高の技術に触れることができます」と山内宮司は自負します。それは、「技術の継承」という本来の遷宮の目的を果たしてこそ実現したものです。

 「美しい日本の姿を世界に発信することが神社の使命だと思っています」。今回の遷宮によって、鳥飼八幡宮は地元の人に愛され、親しまれる場所から福岡の新たな観光名所、世界中から参拝者が訪れ日本の自然と伝統、技術に触れる場所となりそうです。

千年、2千年後……未来へつなぐ
「新しい祈りの場」が新たな歴史を刻む

 本殿、拝殿が建て替えられた鳥飼八幡宮。12月に新本殿へご神体を移す「本遷座祭」が行われ、3月には「遷宮奉祝祭」「遷宮御神幸」が予定されています。しかし、遷宮はこれで完結するものではありません。

 数度に及ぶ埋め立て、開発で周辺の姿は大きく変わりましたが、かつて鳥飼八幡宮は海岸沿いに松林が並ぶ海辺の神社でした。その原風景を未来へ残すために、かつての風景を取り入れて古里の「鎮守の森」を再現するとともに、伝統的な境内の雰囲気や変わりゆくまちの景観をより引き立たせるような青写真を描き、数年間かけて境内を整備していく計画です。

 また、鳥飼八幡宮ゆかりの政財界人をはじめ、福岡の発展を支えた偉人賢人を検証する展示施設伝承館(仮)を建設。この建物には寺子屋ならぬ「神子屋」や道場、宿泊施設も整備する構想で早ければ来年中にも着工の見込みです。

 これらの整備を終えて、ようやく新たな歴史が始まります。「計画通りに整備を終えても、それで完結ではありません。千年後、2千年後……その次につなぐための営みを続けているのです。だから遷宮は最適化する装置であり、日本人の叡智(えいち)の塊だと思うのです」

 そもそも、神社は地域の中心的な存在であり、文化の発信元、流行の発信源という面もありました。いま国宝とされている各地の寺社仏閣は、創建された時代の最先端のデザイン、独創的な発想で創られたもの、その時代の美意識から生まれたものです。

 鳥飼八幡宮が私たちの前に提案してくれた「新たな祈りの場」。千年、2千年後の人たちの目には、果たしてどのように映り、どのように感じられるのでしょうか。ふと、そんな思いさえわいてきます。先人たちの営みに思いを馳せ、果てしない未来を夢想して……悠久の時に身をゆだねてみましょう。

鳥飼八幡宮(福岡市中央区今川2丁目1-17)公式ホームページはこちら

 

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